2018年1月16日火曜日

▼我慢と根性の昭和のマラソン先達

●戦後の荒廃、学校は地域の活性カンフル剤/生徒は地域校区の希望で宝/市県地区駅伝大会は地域住民の熱烈な校旗小旗振る沿道応援/地域の情熱校区駅伝マラソン熱は半端で無かった。

我慢&根性が看板の戦後の毎日朝日マラソン/沿道に鋭気を放った先達の選手、沿道応援の老弱男女成人の多くの大人、既に世を去り,今は,あの時代から次の次のゆとり、全部とは言わぬが/争わないマイホームパパも目立つ高校大學駅伝指導者/結果を求める情熱、我慢や根性の講話は一笑に付され通じなくなった。

【全国高校駅伝歴代優勝校】

【参照:Wikipedia重松森雄】【コメント】

他とは実力差があり、よく1人で走った。そこで、妥協しないように採り入れたのが、歩かない事だけを決め、近くの山の頂上まで走る事だった。往復で約2時間半。獣道のような道なき道【自分を追い込んだ】・・・

福岡県福岡市早良区脇山(大字)591−1≫★

●【原点回帰】50~60年前のマラソン先達が口癖の山間丘陵登山登坂鍛錬/凹凸獣道コース、日に50Kmの距離走の昔話/50~60年後の今、昔話に【原点回帰】。理屈抜きに凹凸山間コース走り込み/小中高生の驚愕の飛躍/週末練習参加無料【前日迄に申込下さい】

戦後の荒廃、娯楽の無い時代、1953年、第1回別府毎日マラソン大会。私の同じ校区に居住の幻のオリンピックマラソン日本代表,池中康雄(堤の高校の恩師)先生が進言し開催。【参照 : WiKipedia 池中康雄 】